五城目朝市によひらのお店を出したのは、五城目朝市の終焉が見えていたからでした。
終焉をむかえる時までに、私はどうしたいのか、どのようにしていきたいのか
答えを出すのだと決めて、あえてタイムリミットのある場所を選びました。
今のような生活を選ぶ模索を始めたのは、ローソンのプレミアムロールケーキの発売、初めて食べた時。(2009年秋頃)
あぁこれでお菓子やさんという専門店ジャンルは終わりのはじまりなんだなぁと、複雑な気持ちになったものでした。
五城目朝市によひらのお店を出したのは、五城目朝市の終焉が見えていたからでした。
終焉をむかえる時までに、私はどうしたいのか、どのようにしていきたいのか
答えを出すのだと決めて、あえてタイムリミットのある場所を選びました。
今のような生活を選ぶ模索を始めたのは、ローソンのプレミアムロールケーキの発売、初めて食べた時。(2009年秋頃)
あぁこれでお菓子やさんという専門店ジャンルは終わりのはじまりなんだなぁと、複雑な気持ちになったものでした。
母に、
「秋田に帰ってきて、お菓子作ったらなんとだ~?」
「学校卒業したら、仕送りは打ち切るから引き上げてきたらー?」
と、言われ、他業種のバイトを探したり、とにかくどうにかして東京に
居続けることは出来ないか?と動いてたのですが、
「なんのためにあんなに苦労して技術を身に付けたのか?」
「自分のやってきたことを自分で否定して、大事なものをドブに棄てるようなことして・・・」
「とにかく、どこにも就職しなくて良いから秋田でお菓子を作っていろ。」
と、担任などの説得に合い、私は嫌々ながら、秋田に帰ることになったのです。
嫌だ…
また秋田で生活しなくてはならないのか?
秋田で生活をするくらいなら、●んだ方が良いんじゃないのか?
こんなことをずっと考えた記憶があります。
でも、私にとっては、
お菓子を作らない人生は、もっと生きている意味がないと感じていたのでした。
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