いつもの事なのですが…
次に勉強に行く先が決まると、途端に行きたくなくなる…よひら・村上直子です。
その道を選んでいるのは私なのですが、色々考えることもあるわけです。。。
冬の間学んで春になったら、秋田へ帰ってくるので、すぐなのですけど、色々思うわけです…。
こうやって書いていますが、北海道での生活が始まると、帰りたくなったりはしないのです。
楽しく働いて勉強して、友達も出来たりして楽しい生活が待っている訳なのです。
昨日はきのこまつりで、たくさんのお客様がいらしてくださいました。
11月も秋田にいて、よひらでお菓子を作っていたい気持ちがいっぱいなのですけど、
大人の事情もあったりなんかで、26日にはまた北海道です。
だから、私は25日の朝市出店で、最後です。
でも、出発ギリギリまで仕事をして、27日母だけで出店出来たら良いなぁ…と考えています。
何でもない、秋田の山の写真。(@五城目)
知床(ウトロ)に住んでいた時、山や緑に対して、秋田で感じているような感覚は持てませんでした。
その時は、なぜなんだろう?どうして違うように感じるのだろう?と、不思議に思っていましたが、
帰りの特急からの眺めで答えが分かりました。
それは、人の手の行き届いた緑か?否か?でした。
秋田の自然って、人の手が入っての、自然なんですよね。
山には山師さんが入って管理をしているし、田んぼのまわりの緑も、農家さんが草刈りをしたり
管理が行き届いている…。
どこも彼処も、何もないところ(=秋田)みたいに言っていたのですが、実は管理の行き届いた
自然(=秋田)なのですよね。
私は生まれてから今まで、ずっと何の疑問も持たず、何も考えず、その緑がごく自然の、
当たり前の緑だと思って眺めていたことに気がつかされました。
だからどうなんだ?って思われる話を書いてしまってごめんなさい。
私、緑がいっぱいで、緑しかないようなところに住んでみて、緑がいっぱいということについて、
とってもとってももしかしたら、一生分くらい考えてしまったのかもしれません。
知床さん、ごめんなさい。
栗の収穫で五城目の奥の方へ行き、私の中にとてもあったかい気持ちが溢れました。
私にとって、この秋田杉の△、この木のとんがりに癒しを感じていること、
この秋田杉の作る緑のコントラストに安心感を持っているんだなぁ…と、
私が愛着を感じているものをまた1つ、発見できました。